『タイタニックの主人公は2〜3しかない海に
 投げ出されたんだから今の私よりもっと寒かったんだろうなぁ』
 私は20℃前後の水風呂に
 肩まで浸かりながらそんな事を考えていた。
人との失恋の末、実家に近いアパートに移り住んだ私は
 幼い頃からある銭湯に久しぶりに来たのだった。
 幼い頃の記憶からほとんど変わりない平成湯という銭湯は
 私にとって少しばかりほっとさせる場所だった。 
 私の実家の風呂は昭和を思わせる作りで
 タイル張りの冷たい洗い場に湯船は深く、狭かった。
 なので、母と祖母と私の三人で
 信号を二つ跨いだ平成湯に夜道を歩いて通ったものだ。
 祖父は自分の建てた家の隅々まで愛着があったので
 自宅の風呂に入っていたが。
時と変わらない平成湯と比例して
 我が家の家族構成は段々と減っていった。
 私は小学生から中学高校、大学と進学し、
 夜道を歩いて銭湯に行くのが億劫になり
 すっかり内風呂派となって
 冬は何度か風邪を引きながらも
 底冷えする風呂に入っていた。
 その間長く別居状態にあった両親は離婚し、
 母は病気を患った。
 幸い初期症状で1か月程の入院で事を成した。
 最近では仕事に家事、
 週2回のスイミングスクールに通う
 元気なおばさんになった。
 一方祖父母は4年前に祖父、
 1年前に祖母が亡くなった。
 二人とも老衰で苦しまずに静かに、
 幸せに亡くなっていった。
 母は3人兄弟で、弟2人は祖父の時も祖母の時も
 文句を言い、泣いたかと思えば怒って拗ねたり、
 その割には面倒な事だけはちゃっかりと姉である母に
 やらせてばかりと我が儘し放題であった。
 母はそれでも父、母のためと気丈にも涙ひとつ見せず、
 葬儀、四十九日を済ませた。
 後になり母はこの平成湯に閉店間近に来ては
 客がいない湯船で一人声を殺して泣いていたと私に話してくれた。
『私も気丈に振る舞えれば良いのに。』
 20℃の水は私の体を循環する血液を
 冷やしながら思考力を高めてゆく。
が恋人と同棲したのは祖母が亡くなってすぐの事だった。
 結果的に[同棲]ではなく[共同生活]になってはいたが、
 それでも祖父母が亡くなった悲しみよりも
 遥かに[共同生活]の解消の方が
 悲しく、淋しい事であった。
は恋愛にめっぽう弱い。
 きっと恋愛至上主義なのだろう。
 恋に恋をし、恋人にすべて合わせる。
 恋人にとって存在が重くなり別れを言い出される。
 暫く恋はしないと言っては、また恋をする。
 同じパターンのくり返しで、自分でもよく飽きないなと思う。
 恋人、という口約束の関係の男の人に全部寄りかかってしまう。
 絶妙のタイミングの悪さで自ら恋人関係を爆破する。
『バカ女だ、私。』
 体は冷えて鳥肌が立ってるけれど、
 こうなったら極限まで居座ってやる。
 そうでもしないと冷静に考えられない。
、というものを私は知らない。
 物心ついた時にはもう父はいなかった。
 母方の実家で育ったので父が介入できるスペースはなかった。
 父が居なくとも祖父母が何不自由なく私を育ててくれた。
 叱ってくれたり、守ってくれたり、とても愛されて育った。
 でも、淋しかった。
 口では[淋しくなんかなかった]と言ってはいるが、
 片親がための母の不在が淋しさを誇張する。
 祖父母が可愛がってくれて、
 母が私のために必死でいてくれて、
 しかし、それはどこか歯車が違う。
 私は慢性的な淋しがり屋である。
『お母さんも淋しい思いをしているだろうか』
 流石に寒くなってきたが、
 でも、あともうすこし浸かっていよう。
母が亡くなり、私だって心細かった。
 でも、母は自分の母親を失ったのだ。
 私より遥かに心細いに違いない。
 本来なら、パートナーがいて
 悲しみを和らげる事が出来ただろう。
 私はその重苦しい空気の中を
 [共同生活]のために出て行った。
 重苦しい雰囲気に嫌気が差した訳ではない。
 ただ帰るのが面倒だっただけだ。
 我が家はバスの最寄り駅から少し歩いた一軒家だ。
 四季が変わるだけで他は代わり映えのしない道に飽き飽きしたのだ。
 似たような住宅を右に左に曲がって歩く。
 ひっそりとした道を歩くのは
 何とも堪え難いものであった。
 それに比べて恋人のアパートは
 駅からも近く商店街を抜けていく。
 活気があり人通りも活発だ。
 食品を買うために商店街を抜けるのはとても楽しかった。
 でもその生活にもこうして終わりがやってきたのだった。
 恋人の家を出て、
 私は実家に戻らず近くのアパートを借りた。
 実家に帰るという事に
 プライドが邪魔をしていたのだ。
 母に言えば実家に帰ってこいと言ってくれただろう。
 私は心細いであろう母を
 祖父母の面影が残る家に一人置いてきたのだ。
 今更都合良く帰るなんて出来なかった。
「水、出しっ放しよ。」
 私はその声にハッとした。
 サウナに入っていたおばさんが
 顔を火照らせて浴槽の水を浴びようとしていた。
 そういえば水風呂に入る時、
 癖で蛇口を捻ってそのままにしたっけ。
 すみません、と言って
 蛇口を締めた私をおばさんはにっこり笑って
 浴槽の水を汲み、顔を洗いながら
 「あー、気持ちいいわぁ、気持ちいい。」
 といって私の隣に入ってきた。
 そんな火照ったおばさんとは対照に
 すっかり冷えきった私は
 おばさんに軽く会釈をして
 湯の張ってある風呂に向かった。
い場の入り口すぐ右にはさっきまで入っていた水風呂があり、
 カランを挟んで奥に三種類の湯船がある。
 水風呂の主な利用者は入り口左のサウナに入っているため、
 このような作りにしたのだろう。
『気持ちいいなぁ』
 厳かに、そっと足を湯に入れた。
 肩まで入ると手足は輪を描くようにじわじわと暖まる。
 この感覚が味わいたくて水に浸かっていたようなものだ。
 気持ち良さで暫く何も考えなかった。
 人間は実に巧くできている。
 色んな思い、考え、悩みも
 気持ち良さの目では姿を消してしまう。
 気持ち良さがなければ行き詰まってしまう。
 そして気持ち良さの追求に貪欲であり、
 それのために求め、探し、生きてゆく。
 どんなに些細な気持ち良さであっても。
意に私は目を開ける。
 すっかり湯に慣れてぼんやり壁を見た。
 平成湯の女湯の壁はタイルで海の様子が描かれている。
 黄色やら赤色やらの魚が泳ぎ、
 緑色の海藻が揺れ、
 隙間が青色で埋め尽くされている。
 私はこの壁画で育ったので他の銭湯の壁画に違和感がある。
 富士が描かれている事が
 銭湯のイメージとして定着しているが、
 私の[銭湯観]は常に海の中なのだ。
び目を閉じる。別れた恋人を憶うために。
 するとやはり恋人が思い出された。
 しかし顔が思い出せない。
 顔、ではなく、口元を思い出していた。
 私は決して面食いではないが、
 男の人の口元には少々煩い。
 男の人は[角張っていて力強い]
 という外見の特徴があるが、
 私はその中の口元だけは柔らかさを感じる。
 エロティックでもある。
 口の端の膨らみに触れたくなる。
 そういう事に関して、
 別れた恋人の口元はぴかいちだった。
 話をしている時も食べている時も
 笑った時も怒っている時も
 口元は愛おしい。
 それにもう見る事も、
 触れる事もできないと思うと急に淋しくなった。
 淋しいついでに涙まで出てきた。
 わーんという汗まじりの涙ではなく
 静かなさらさらした涙だった。
 どうせ落ちて混ざっちゃうからと思い、
 拭いもしなかった。
 涙の粒は顔の水滴と出会ってスピードをあげて落ちた。
 心がはらはらとした。
『もう一度体を洗おう』
 湯船を出て自分の取った場所に進んだ。
 祖母の死の悲しさで泣いた時、
 『そういう時は体や頭を洗うとさっぱりするよ』と
 恋人にいわれた事があった。
 皮肉にもその恋人の事でも
 さっぱりしそうだと思った。
 それが何だか可笑しくて
 涙はいつの間にかひいていた。
はスポンジに石鹸をつけた。
 石鹸は固形石鹸に限る。
 そう信じて疑わないのが私の家族の家訓、
 みたいなものだ。
 特に青い箱の牛の絵柄のが家族のひいきだった。
 短くも長くもない髪を束ねて、
 それから石鹸を掌でくるくると
 泡立てて首筋から丁寧に洗う。
 胸元、腕、太もも、膝、脛、足。
 タオルに石鹸をつけて背中、お尻。
 幼い頃、いつも洗い忘れては
 祖母の大きな手でごしごしと洗ってもらった脇腹。
 もっともっと泡立てて、石鹸塗れになって、
 蛞蝓が塩を撒かれて消えてしまうように
 私も溶けてなくなりたい。
 鏡の中の顔は
 だらしなく泣く私の口元だけが印象的だった。
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